第一日(五月六日)
神戸→船中 高安国世
船客待合室の前は、午後の波の照り返しと、積荷を下す綿ぼこりが、いらいら躍つて、船出の前の一ときを落付かぬ顔の人々が、一見ぼんやりとそここゝに位置してゐる。
黒々と寄り合つてゐる二十人許りは、之ぞまもなく展開さるべき全八幕の立役者共に他ならぬ。三時には殆ど顔ぶれが揃つた。高間主任の代理をつとめ、我々の若き指導演出家となられる西田教授の姿は夙くに見られた。皆これから何がはじまらうとしてゐるのか一寸もゲせない面持で茫然と顔を並べてゐる。手ぶらの呑気なのも居れば、吾輩のやうに九州は寒かろと、まるで北国へ行くやうな代物を仕込んでゐる奴もなくもない。
(以下略)
おそらく高安にとって初めての九州行きだったのだろう。