みづうみの深さを知らずわたしたちふたりでふたつのかほを映して
はぐれてもどこかで会へる 人混みに結び合ふ指いつかゆるめて
傾ぎつつ油を提げてゆくときの左手宙(そら)をあわあわとせり
傘持たずバス停へゆく雨粒と雨粒の間(あひ)を跳び移りつつ
潮鳴りのやまざる町に育ちたり梵字の墓の建ち並びゐて
船に積む菜(さい)を調ふこれよりの土の息吹のなき数ヶ月
朝の陽にあつけらかんと見せてをりうなじのやうな波打ち際を
2009年から2013年までの作品432首を収めた第3歌集。
全体が「以前」「以後」の二部構成となっており、2011年3月11日の東日本大震災を境に激変した暮らしが詠まれている。
まずは「以前」の歌から。
1首目は相聞歌。一緒に湖を見ている相手に寄せる思いと距離感。ひらがなを多用した表記から、幸せと寂しさを同時に感じる。
2首目も美しい相聞歌。「結び合ふ指」という表現が艶めかしい。
3首目は灯油のポリタンクを運んでいるところ。左手でバランスを取る。
4首目は、下句がおもしろい。雨粒を避けるように走っていくのだ。
5首目から7首目は、第1回塔短歌会賞受賞作「舟虫」の歌。故郷の気仙沼の海を詠んだ歌である。震災前にこうした歌が詠まれていたことが、後から考えるととても大事なことだっだのだと思う。
2014年5月11日、砂子屋書房、2300円。