聞き書きの名手として知られる著者が、日本各地の職人の手仕事に関する話をまとめた本。1996年から2007年にかけて刊行された 『手業に学べ』 5巻 (天の巻、地の巻、風の巻、月の巻、人の巻)を元に再編集して文庫化したもの。
「岡山の船大工」「対馬の釣り針職人」「福島の野鍛冶」「宮崎の石工」「岩手のシノダケ細工」「秋田のザク葺き職人」など、全部で13名が登場する。
昔は、そういうふうにして、道具そのものが一人ずつの手なり、体に合わせて作られていたんです。ですが、鍛冶屋がだんだんなくなっていきますと、そういうことは難しくなります。店にあるものから選ばなくてはなりませんし、体をそれに合わせていくしかないです。(高木彰夫)
ここらでは人が死ねば道具を棺さ入れて持たせてやるんだね。わたしは、そんだば、鉈一本持っていけばいいんだ。この鉈一本あれば、どこさ行っても、あの世さ行っても、篠作りの全部の作業ができるの。(夏林チヤ)
昔の人は偉いのう。いま、私たちがやりよることは、みな、昔の人の真似ですわ。真似事。それで昔の人のほうがうまいのう。時間がたったら進歩するというものではないのう。(廣島一夫)
長年にわたって手仕事を続けてきた人たちのこうした言葉には、身体から滲み出たような深みがある。手仕事によって作られる道具は、使う人がいなくなれば自然と消えていくほかはない。けれども、その時に消えていくのは、道具だけではなく、こうした職人たちのものの考え方や生き方、さらに私たちの生活様式そのものなのだ。
それにしても、「聞き書き」という手法はすごいものだ。著者の姿は本にはほとんど出てこないので、一見ただテープ起こしをしただけのように感じる。けれども、これだけの話を相手から引き出し、それを紙の上に(ありのままのように)再現するのは並大抵のことではない。そこには、先人の生き方から学ぼうとする著者の強い思いが込められている。
2011年5月10日、ちくま文庫、950円。