2014年04月27日

「りとむ」2014年5月号

滝本賢太郎さんが時評で、「短歌」2月号の私の時評「内向きな批評を脱して」に触れている。はっきりと言いたいこと、書きたいことを十分に書いていて良い時評だと思う。

そこで述べられているのは、歌や時代の変化に伴って、新しい批評の方法が生まれるべきだという主張である。

実際、松村が求める「批評」は、せいぜいが歌の丁寧な解説であり、世代は超えても歌壇の内を離れられない別の内向きを孕んでいる。

というのは、大事な指摘だろう(「せいぜい」で片付けられるほど、簡単ではないと思うが)。では、それに代わる新しい批評とは何か。

(…)意識的であれ無意識的であれ、若手の「内向き」な批評が、新しい批評の試みなのかもしれないと思いたくもなる。

(…)この世代の「ストイックさ」が新しさを触れ当てるのは時間の問題である。批評はそのとき、クレーの天使のような面持ちで到来する、そんな期待を抱きたくなる。

滝本が「新しい批評」や「新しさ」を待望する気持ちには私も共感する。これまでと全く違う新しい批評が生まれてもいいのだし、その可能性は常にある。けれども、それが言うほど簡単ではないことは、「思いたくもなる」「期待を抱きたくなる」という滝本自身の慎重な言い回しからも、よく感じられるのではないだろうか。

posted by 松村正直 at 10:03| Comment(2) | 短歌誌・同人誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 りとむ5月号の滝本氏の時評の全文、読みました。批評も新しく、という主張には一瞬ハッとさせられるところがあって、その意味でたしかによい時評ですね。ただし、私は説得されるところまではいきませんでした。「歌の丁寧な解説」はそれほど書かれていないはずだからそれを否定する目的がわからないという点、「歌の丁寧な解説」から「内向き」まで論理に飛躍がありすぎる点、歌と批評の方法がともに新しくなったとき、その批評は歌の新しさを測定できるかどうか(現代人に現代の新しさが測定できるかどうか)という疑問……。結社誌の文章まではなかなか視野に入らないので、ブログでの紹介はありがたいです。
Posted by なかにしりょうた at 2014年05月10日 14:21
確かに「説得されるところ」まではいきませんね。ただ、問題提起という意味では大きな刺激を受けました。

結社誌の文章はなかなか一般には読む機会がなく(そもそも書店ではほとんど売っていませんし)、議論も広がらないのが残念なところです。
Posted by 松村正直 at 2014年05月12日 06:02
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。