就職を「した」と「しない」と「できない」でさびしきわれら薄く鎧へり
わたくしの白とあなたの水色をかさねて仕舞ふ給与明細
腹がすいたと体のどこが思ふのかぼんやりと手が考へてゐる
じつと手を見てゐる人がひとり、ふたり、さんにん、よにん昼の電車に
退職を決めし同僚と向き合へりかもなんばんに鼻を温めて
三十キロ離れて撮れば青鼠の海市のごとく建屋が並ぶ
ゆめの中で落としてしまつた顔のこときれいな凹凸だつたと思ふ
防護服の人が防護服の人に向き合ひてファスナーぎゆつと喉元へ詰む
八時間赤ボールペン使ひたる手を包む泡がももいろになる
祖父の内にありしシベリアも燃えてゆく鉄扉の向かう火の音たてて
2首目は共働きの夫婦ならではの歌。こういう歌は、これまでありそうでなかったように思う。最初は何のことかなと思って読んでいき、結句の「給与明細」まで来てようやくわかるという語順がいい。
4首目は啄木の「ぢつと手を見る」を想起させるが、実際はケータイやスマホを見ているのだろう。そこに時代の移り変わりが感じられる。
8首目は原発事故の歌。分厚い防護服を着ているので、自分ではうまく閉められないのかもしれない。そこに生々しさがある。
9首目は仕事を終えて手を洗っているところ。石鹸の泡ににじむ「ももいろ」が、仕事を終えた疲れや充実感をよく表している。