窓際は特等席ゆえLPにかすかにまじる木枯らしの音
ひいらぎさん柊さんという人を思い出したり春のはじめに
岬まで白い風車が建ち並びならずものにはなれないふたり
いくつもの沢があなたの腕にあり夏の終わりの瀬音ひびかす
どのドアも朽ちてしまってアンティークショップに並ぶ真鍮の鍵
「つるばらの香る季節となりました」薄きはがきが閉店を告ぐ
舌先は口内炎にふれながらあざみ野行きのバスに揺られる
海沿いのちいさな町のミシン屋のシンガーミシンに砂ふりつもる
ひだまりの祖母は揺り椅子ゆらしつつどこへも行かずどこへでも行く
貝印カミソリいつもしまわれて鏡台は母のしずかな浜辺
2001年から2012年までの作品253首を収めた第一歌集。
日常とは少し違った物語的な歌が多く、「シネマ・ルナティック」「喫茶きまぐれ」「黒猫レストラン」など、お店を舞台にした連作が印象に残る。
2首目は「柊」という名字なのだろう。一度目は平仮名、二度目は漢字にすることで、「柊」という字の中に「冬」があることを気づかせてくれる。
6首目は、時候の挨拶に「つるばら」を持ってくるところに、お店の雰囲気や店主の人柄が滲んでいる。「薄き」がよく効いていて、閉店を惜しむ気持ちが伝わる。
9首目の祖母は一日中うとうとしているのだろう。もうどこへも行けない身体ではあるけれど、記憶や思い出や夢の中で、どこでも好きなところへ出掛けているのだ。
2013年11月10日発行、砂子屋書房、2400円。