雨戸すこし開けてねむればその幅に月が収まる夜の深きとき
これだあれ、写真ゆびさすをみなごは死者になりたるひとらを知らず
たましひを抜かれて阿修羅はそののちに筑紫の国へたちゆくといふ
白き繭と黄緑の繭並びゐる 糸つむぎ場の窓べの棚に
ふかぶかと傘さすひとと八月の影かたむけてすれちがひたり
眉毛だけ描いておほきなマスクかけ余震のつづく街へいでゆく
漁をせぬ船ながめつつ小名浜の市場食堂にメヒカリを食ぶ
はつあきのひかりふる日は星鰈など頭(づ)にのせて海辺ゆきたし
おほき波ちひさき波のあひだからきこえてゐたりこどものこゑは
ゆく道にかへりの道にさへづりて身にうぐひすを匿ふごとし
2008年から2012年までの作品526首を収めた第7歌集。
「歌という詩型が、死者とひとつづきの地平から生まれたことをいくたびも思う」(あとがき)とあるように、死者を詠んだ歌が多いのがこの歌集の一番の特徴だろう。上野久雄、河野裕子への挽歌をはじめ、葛原妙子、前登志夫、息子を詠んだ歌がある。さらには、ナチスによって壊滅させられたチェコのリディチェ村の人々、東日本大震災で亡くなった人々を詠んだ連作は、歌集の中核と言っていい。
松戸よりはるばると来し梨原樹は湯梨浜町に母樹となりたり
「鳥取行」の一首。作者の住む千葉県松戸市二十世紀が丘は、二十世紀梨の発祥の地である。この梨の木が1904年に鳥取県にもたらされ、今では県の特産品となっている。
2013年11月22日、砂子屋書房、3000円。