2014年01月05日

「開放区」第98号

野一色容子さんの連載「ナンジャモンジャの木―清原日出夫評伝拾遺―」は4回目。
前回に続いて、高校3年生の清原が地元の北海道新聞「根室歌壇」に投稿した作品58首について取り上げている。

「清原清人」「山川四郎」のペンネームで投稿されたこれらの歌のことは、多分これまでどこにも書かれていない。清原日出夫について考える上で貴重な資料である。

現代歌人文庫『清原日出夫歌集』の中で、清原は
次に〈短歌〉と付き合うようになったのは、高校生になってからである。ここでの付き合いを経て、本当の意味で現代短歌に出会ったのは、(…)高安国世の〈砂の上の卓〉によってである。昭和三十三年のことだ。

と記している。
この高校生時代の短歌との「付き合い」というのが、新聞歌壇への投稿を指しているのだろう。

posted by 松村正直 at 00:04| Comment(0) | 短歌誌・同人誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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