2013年12月29日

池本一郎歌集 『萱鳴り』

鋤かれたる田に白鷺が六羽立つそれぞれあらぬかたを向きつつ
戸袋という袋だけ残りおり朝あさ入れて夜ごとに出しき
茄子畑に水はこびゆく漣が腕より足に伝わりながら
六月の足守川に水は盈(み)つ水にて陥ちしこの城とひと
口あけて雪を待ちいし日のありきみな逸れてゆく記憶のみある
急停車すれば枯れ葉がゆっくりと降りしずむなりわが前に出て
ひんろろうだいせんやまのとびのすけひんろろう 伯耆のお話おわり
爪きれば爪を運びてゆく蟻よ働きものの季なり五月
50年ぶり、コンパスを手に赤をひく島根原発から100キロの円
くすの根に自転車はみな同じ向き二番手の子がかんじんなのだ

第6歌集。2008年春から2013年初夏までの467首を収める。
過疎化の進む鳥取での暮らし、田や畑における農作業の歌、動植物に対する親しみ、口語を使ったユーモアの歌などに特徴がある。

1首目は「あらぬかた」という語の選びが良い。「あちらこちら」ではダメなのだ。
4首目は、秀吉による備中高松城の水攻めを詠んだ歌。
7首目は、昔話などの終わりの一節だろうか。「お話おわり」で歌も終っているのがいい。
10首目は発見の歌。なるほど、二番目が同じ向きに止めたから、三番目以下も続いたのだ。大事なのは一番手ではなく二番手という面白さ。
哺乳類河野裕子とかつてわれ詠みしがその乳(ち)に奪われたまう

2010年に乳癌により亡くなった河野裕子を詠んだ歌。
上句は次の一首を踏まえている。
水族館出でし広場に哺乳類河野裕子が腰かけており
            『藁の章』(1996)

2013年10月25日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 08:40| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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