2013年12月17日

真中朋久歌集 『エフライムの岸』


真中朋久さんの第4歌集。

最近は続々と歌集が出版されるので、「あの人の新しい歌集が読みたい」と思うことが少なくなった。そんな中にあって、真中さんの歌集は私が待ち望んだ歌集の一つである。

まずは前半から10首。
すこし前に過ぎたる船の波がとどき大きくひとつ浮橋をゆらす
年わかき女ともだちの結婚を妻は真顔でさびしいかと言ふ
そのかみの蘇鉄地獄を語りやればどうやつて食ふのかと子は問ふ
踏み絵なら踏んだらよいと思ひゐしは踏み絵を前にするまでのこと
空調機のかげのくらがりに走り入りてふりかへる猫のふたつまなこは
背のたかきビルに二方をふさがれて小さき鰻屋が角で商ふ
わたしではなくてお腹(なか)をかばつたといまも言ふあれは冬のあけがた
をばちやんビールもらふよと言ひ正の字のいつぽんをまた書き加へたり
サクソフォンが「春の小川」を吹きながらビルの谷間をひかりつつゆく
壕のなかに絶えしをとめらを語りつついつよりか酔ふごときそのこゑ

1首目、「波がとどき」を「波とどき」、「浮橋をゆらす」を「浮橋ゆらす」とすれば定型に収まるのだが、そうすると調べが軽くなってしまい、このゆったりとした波の感じは出ない。

3首目の「蘇鉄地獄」は沖縄の歴史を語るときに必ず出てくる言葉。食べ物がなくて野生の蘇鉄を食べたという悲惨な話である。それに対して「どうやつて食ふのか」という反応が、何とも子どもらしい。伝えたいことが伝わるとは限らない。

4首目は思索詠とでも言ったら良いのだろうか。こういうタイプの歌が、真中さんの一番の特徴と言っていいかもしれない。苦みと重みのある思索の歌が、他にもたくさんある。

7首目は阪神淡路大震災、10首目は沖縄戦の語り部の人たちのことを詠んだ歌。

9首目は、「春の小川」を演奏するサクソフォンが光を反射しているのだが、まるで本物の川がきらきらと谷間を流れていくようなイメージが湧いてきて面白い。

2013年7月7日発行、青磁社、2700円。

posted by 松村正直 at 22:52| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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