生野さんは、昭和29年に「未来」に入会してから、長年にわたって、近藤夫妻のもとで会計や発送、宛名印刷、袋詰めなどの仕事をされてきた。その文章からは、生前の近藤夫妻の姿や性格が実によく見えてくる。
近藤さんは愛妻家と言われていたが、旧いタイプの愛妻家であった。いや、彼の理想が「旧いタイプ」であった、というべきだろうか。彼は奥さまをその理想の中で愛していた。そして、奥さまがまた、すすんでその理想の中に自分をはめこむことによって彼の愛に答えた。
深みのある文章だと思う。単純な礼讃でも批判でもなく、ひっそりとした哀しみが感じられる書き方だ。近藤芳美の歌を考える上でも、参考になる内容だろう。
結社について語る時に、しばしば選歌や雑誌発行などのシステムや、結社に所属する利点・欠点といった面だけが取り上げられるが、本当はこういう生野さんのような方の存在を抜きに、結社について語ることはできないのだと思う。