2013年10月10日

解体か保存か

小学6年の息子は、毎晩、家で音読の宿題をする。教科書の文章を読むので、こちらはそれを聞くことになる。

今日は国語の「『平和』について考える」という章であった。そこには大牟田稔「平和のとりでを築く」という文章が載っている。広島の原爆ドームが世界遺産になるまでの経緯を記した内容だ。
原爆ドームを保存するか、それとも取りこわしてしまうか、戦後まもないころの広島では議論が続いた。保存反対論の中には、「原爆ドームを見ていると、原爆がもたらしたむごたらしいありさまを思い出すので、一刻も早く取りこわしてほしい。」という意見もあった。

現在の感覚では原爆ドームを取り壊すなど考えられないように思うが、当時はこのように解体か保存か、意見が大きく割れていた。何かが少し違っていたら、原爆ドームはなくなっていたかもしれないのである。

こうした問題は、何も昔の話ではない。

東日本大震災のいわゆる震災遺構についても同じことが言える。解体か保存かという議論の末に、最近になって、気仙沼市の「第18共徳丸」や南三陸町の「防災対策庁舎」の解体が決まった。一度失われたものは取り戻せない。何十年か経った時に、そのことをどう思うだろうか。

posted by 松村正直 at 00:53| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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