ありふれた空のをちこち見渡して双眼鏡が鳥をかぞへぬ
一着のスーツにポケットいくつある春の衢(ちまた)を黄砂がつつむ
おそろしき孔雀一羽の変身よ動物園は花ざかりなり
この町に書店の消えし白昼を僧侶が経をとなへつつゆく
昇りつつ二人(ふたり)となりしエレベーター背後の影に殺気はあらず
うつくしき箸の使ひ手まへにして虎魚(をこぜ)は皿に横たはりたり
参道を綿菓子ふたつ手にもちてけむりのやうな童女がよぎる
いつまでも女男(めを)が忘れし影ふたつ鎌倉のうみに夜が近づく
指先でまはす地球儀ゆるやかに風が吹くなり独りの部屋に
遡上するさかなの群れを見下ろしてやうやく家に帰りたくなる
527首を収める第4歌集。
奇想とも呼ぶべき自由な発想や、上句から下句にかけての飛躍が特徴で、ユーモアを交えつつ、日常に潜む不思議や不安を描き出している。モダニズム短歌の代表的な歌集である前川佐美雄『植物祭』(昭和5年)に、遠く通じる部分があるように思う。
鎌倉大仏、七里ヶ浜など、現住所である鎌倉を詠んだ歌も多い。小学生のころから何度も訪れたことのある地なので、懐かしさを覚えた。
2013年4月8日、短歌研究社、3000円。