十一月二十一日六甲苦楽園内望が丘のほとりに海南荘を相して移る、まなかひに生駒、金剛、葛城の連峯海を越えて淡路に走り。眼の下に西の宮、尼が崎、大坂、堺、濱寺の市邑、茅渟(ちぬ)の海を囲みて点綴せらる。 (『新聞に入りて』)
生駒山、金剛山、葛城山、淡路島、そして大阪湾を取り囲むように広がる市街を見渡すことができるのが自慢だったのだろう。こうした眺望の良さは、今でも変らない。
標高は150メートルくらいのようだが、かなり遠くの方まで見渡すことができる。山と海が近い地形ならではの眺めだろう。
下村家の敷地だった場所には、今では20軒あまりの家が立ち並んでいる。その一角に「苦楽園四番町公園」という名の小さな公園がある。
夏の真昼ということもあってか、人影はない。蝉の鳴き声もせずに静まり返っている。