2013年07月01日

「現代短歌新聞」2013年7月号

大島史洋の「人間としての「生活」―近藤芳美生誕百年―」という文章に注目した。大島は近く『近藤芳美論』を出版することを述べ、そこに載せた近藤の言葉を紹介している。
「僕はアララギ出身であるし、生活をうたえということを若いときから教えられてきた。土屋文明先生など、そういった主張をしていた。でも僕は、ごはんを食べたり、夫婦喧嘩をしたり、会社の苦情を言ったりすることを生活とは思っていないんです」

「ごはん」や「夫婦喧嘩」や「会社への苦情」は、近藤にとって詠うべき生活には含まれていなかったわけである。この言葉と近藤の歌を思い合わせて、非常に納得するものがあった。

一方で、同じく生誕百年を迎えた高安国世は、ごはんを食べたり、夫婦げんかをしたりする歌を詠んでいる。
いら立ちてすぐ涙ぐむ病む妻に何にむらむらと怒吐きくる 『真実』
我が作りし貧しき弁当食ひ居らむ子を思ひつつ昼のパン焼く
思ひ惑ふわが前に皿が突出され人造バターが匂ひはじめぬ 『年輪』
家も子も構はず生きよと妻言ひき怒りて言ひき彼の夜の闇に

前期の高安にはこうした歌が数多くある。
さらに、『年輪』の後記で、息子の聴覚障害のことに触れながら、次のように書いている。
近藤芳美君らは私の歌があまり日常的すぎると注意してくれたが、私は当分はどうしても此の日常を振り切ることが出来ないと覚悟してゐた。それでも時どきはむらむらと寂しさが迫り、本も読む暇のない自分が、獨文学の方面でも歌の方面でもひどく立遅れて行く腹立たしさを妻にでも当るより仕方がなかつた。

ここに近藤と高安の立場の違いは、はっきり表れていると言えるだろう。
そんな二人の最晩年の歌をそれぞれ挙げておこう。
絶対の「無」を救済に思うとし一切の人間の限界に立つ 近藤芳美『岐路以後』
大いなる「無」の見るかすかなる夢の我の一生か思えば安し 高安国世『光の春』


posted by 松村正直 at 21:11| Comment(0) | 短歌誌・同人誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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