2013年06月11日

大森静佳歌集 『てのひらを燃やす』

もみの木はきれいな棺になるということ 電飾を君と見に行く
これが最後と思わないまま来るだろう最後は 濡れてゆく石灯籠
部屋に雨匂うよ君のクリックに〈はやぶさ〉は何度も燃え尽きて
風のない史跡を歩む寡黙なら寡黙のままでいいはずなのに
レース越しに電線ぼやけその息が寝息に変わるまでを聴きをり
雨脚が細くなりゆくつたなさにふたりはひとりよりもしずかだ
マネキンの脱衣うつくし夜の隅にほの白い片腕をはずされ
言葉より声が聴きたい初夏のひかりにさす傘、雨にさす傘
眼と心をひとすじつなぐ道があり夕鵙(ゆうもず)などもそこを通りぬ
紫陽花のふくらみほどに訪れるあなたを産んだひとへの妬み
生前という涼しき時間の奥にいてあなたの髪を乾かすあそび
どこか遠くでわたしを濡らしていた雨がこの世へ移りこの世を濡らす

第56回角川短歌賞を受賞した作者の第1歌集。274首。

「あなた」「君」を詠んだ相聞歌を中心とした歌集である。〈感情、思い〉と〈景色、モノ〉の取り合わせ方がうまく、繊細なだけでなく激しさも併せ持った内面がよく表れている。

また、そうした歌の中に「きれいな棺」「生前という涼しき時間」「この世を濡らす」など、生前や死後の時間の感覚が入って来るところに、作者独特なものを感じる。普通、相聞歌と言うと「今、ここ」の一点に集中しがちなのだが、そうはなっておらず、不思議な広がりがある。

「雨」「光」「川」「水」「鳥」「指」など頻出する言葉がいくつかあって、歌集全体のまとまりは良く、作者の好みや個性がかなりくっきりと出ている。これは大事なことだろう。表紙の青や本体の水色も、この歌集のカラーによく合っている。

〈情〉と〈景〉の取り合わせは、短歌の最大の武器であるが、パターン化しやすいという危うさも孕んでいる。そのあたりも含めて、今後さらにどう伸びていくのか楽しみだ。どんどんわがままにやっていったらいいと思う。

2013年5月25日、角川書店、2381円。

posted by 松村正直 at 18:23| Comment(1) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
生前という涼しき時間の奥にいてあなたの髪を乾かすあそび

この、涼しき、とは清らかなというとりかたをするのだが、わたしは。作者は、涼しい、だろう、多分。この歌をわたしなりにすると、

きよらかな刻のながれの積(かさ)にゐてあなたの髪を戯(あざ)るすさびよ

どなたかこのふたつの歌を批評してください。
Posted by 小川良秀 at 2013年06月12日 00:44
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