2013年05月28日

上野誠著『万葉びとの奈良』

『万葉集』の歌を手掛かりに、平城京に暮らす人々の姿を描き出した一冊。文学、歴史学、民俗学、考古学といったジャンルを超えて、「奈良びと」の生きる姿に迫る内容となっている。歴史と歌と物語が合わさったところに、本書は成り立っている。

昨年12月の現代歌人集会で著者の講演を聴いたことがあり、その話しぶりがとても面白かったので今回この本を読んでみたのだが、本の方も同じように面白い。上野誠はきっとロマンチストなのだろう。正倉院に蔵われている一枚の布から、当時の女たちが水辺で働いている姿を思い描くことができるのである。

印象に残った箇所をいくつか引いてみよう。
つまり、遷都に関する大権こそ、天皇権力の根源と見なくてはならない。
簡単に言えば、奈良時代貴族は、農園経営者であり、平安貴族は農園経営会社の株主として配当金で生活していたといえるだろう。
つまり、麻は自給性が強く、木綿は商品性が強いのである。やや情緒的に言えば、麻衣は、栽培から縫製まで、着る相手のことを思い浮かべながら作られた愛の結晶である、ということができる。

最後に引いた部分について言えば、「つまり…強いのである」だけなら、それは客観的な歴史の記述である。しかし、上野はそこにとどまらない。「やや情緒的に言えば…」と断りつつ、当時の人々の心の中にまで入っていくのである。

その最大の手掛かりとして、『万葉集』に残された数々の歌が引かれている。当時の人々の心が、歌によって今に伝えられているのだ。そのことの持つ意味はとても大きい。

2010年3月25日発行、新潮選書、1200円。

posted by 松村正直 at 19:04| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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