元の歌集に付いていた前田雪子、永井陽子、井辻朱美、中山明の栞文も収録されている。
地下鉄の窓いっぱいにきて停るコマーシャルフォトの大きな唇
空からも地からも夜の雪ふれば発光エビとなるまで歩む
聖歌隊胸の高さにひらきたる白き楽譜の百羽のかもめ
簡潔なるあしたの図形 食パンに前方後円墳の切り口
曇りたる一枚の海見えながら頭より噛じる鳩のサブレー
ほどほどに仕合せと見ゆる夫婦いて展望台この行き止まり
活気づく朝の光の人波にいっぴきの鮎の背を見失う
背後にていつも鳴る風 自画像のジグソーパズルくずれはじめる
よごれたる真珠の色の春はきて重さをもたぬセスナ機の舞う
喝采に応えて立てるフルーティスト 金の一管を胸に添えたり
発想や見立てが鮮やかで、明るい印象の歌が多い。3首目のかもめたちは、羽ばたいて飛んで行きそうだし、4首目の見立ても飛躍があって面白い。8首目は「じがぞー」「じぐそー」、「ぱずる」「くずれはじめる」の音の重なりが鮮やかである。
『食卓の音楽』という題名にしても、その意味だけでなく、「SHOKUTAKU」「ONGAKU」という音の響きが大事なのだろう。
作者は前田透主宰の「詩歌」とその後継誌「かばん」に参加された方。前田透から厚い信頼を寄せられていたことが、夫人雪子氏の文章からうかがわれる。数々の才能を輩出した初期の「かばん」を考える上で、前田透の存在はもっと注目されて良いのではないだろうか。
2011年9月22日、六花書林、2000円。