転倒をくりかえす祖母をささえつつ廊下を歩くわれのスリッパ
常にわたしは後者であった 庭に咲く寒の椿がほたりと落ちる
針葉樹のような人なり改札の向こうにわれを待つ顔をして
夫のほかわたくしの名を呼ぶひとのなき町にいて花を買いたり
惚ける前の夏の笑顔を遺影とす なかったことには出来ぬ六年
派遣会社ことなるわれら時給には触れずランチはなごやかに過ぐ
こうやって君になじんでゆくのだろう どれみふぁそらへのばすゆびさき
ホームには日光月光ほほえみて薬師寺展のはじまりは春
そこぢからまだあると思う冬の朝 圧力鍋に玄米を炊く
諦めもひとつの答え三本の指もてつまむすべらかな塩
2004年半ばから2011年までの歌388首を収めた第2歌集。
大学の事務の仕事、祖母の介護や死、君との結婚、東京での生活、父の手術など、日々の生活が歌の基盤となっている。しかし、事実べったりということはなく、それぞれの歌に十分な修辞の力も働いており、確かな手応えを感じる一冊となっている。
感情を激しく表すというよりは、感情の陰翳や襞のようなものを滲ませるように詠むのが巧みな作者である。結婚生活の中で、むしろ孤独を感じたり、相手のことがわからなくなったりする。そんな場面がなまなましく伝わってきて、印象に残った。
定価2000円という値段設定も好ましく感じる。
2013年3月20日、短歌研究社、2000円。