異なれる軋めきひびき有蓋車無蓋車タンク車つづくホッパ車
ゆらゆらと遠きあかりのひとつ見え濃霧運転の警笛ひびく
一昼夜つとめて昼を帰りきぬひとりなり冬の日のささぬ室
不認可の靴みがきひげの与三郎今日も来てをり襟巻あつく
桑畑のはてに見えそむる低き山父母のありてわが帰りゆく
口中にのこるちぎりの神酒の味汝が口紅のまじりをるべし
番台より子をうけとりて髪あらふ妻より先にわれ帰りゆく
側溝に猫のむくろの骨見ゆるまで風化して冬もをはりぬ
あへぎつつ畳はひましきかたくなにむつき拒みて死の二日前
車輪よりひきだす背広上衣より線路にしろく片腕の落つ
作者の第1歌集。
1974年に新星書房から刊行された本が、今回文庫になって新しく出版された。
作者は国鉄に長く勤務した方。貨車の連結手から駅務員、さらに鉄道公安官になるのだが、そうした仕事を詠んだ歌が、歌集では大きな比重を占めている。
鉄道公安官は、鉄道施設内での司法警察権を持ち、事件の捜査や被疑者の逮捕を行う。歌集には「贋金使い」「痴漢」「スリ」といった犯罪のほか、飛込み自殺の轢死体の処理、皇族の警護、あるいはストやデモの警備といった仕事の様子が生々しく詠まれている。
威力業務妨害デモ三千に公安官三百余名なすすべなきか
逮捕するなできるかぎりと下る指示デモを上司を憎みつつ聞く
デモに向くるほかなき忿に握りしむわが警棒は使用許されず
公安官になりたる吾を罵りし彼がデモ隊の指揮の笛吹く
「あらしの中」(一)〜(五)は、70年安保闘争の時代に、デモを鎮圧する立場から詠まれた歌。デモに参加する側の歌だけでなく、それと対峙する側の歌もあることが、やはり大切なのだろう。短歌史的に注目すべき内容の一連である。
2013年3月15日、現代短歌社第1歌集文庫、700円。