千年の戦争の名前数えおり過ぎし季節を指折るように
全線をPASMOに託し電車賃という距離感を喪いにけり
三人に一人は癌になる今日を三人がけの木製ベンチ
世界の何処にも私がいない夕ぐれというを思えりふたたびみたび
眼も耳も消耗品ゆえ減らさぬよう使わぬようにそっと陽を浴ぶ
レールの脇に輝いていた水溜まりいくつもの空震わせながら
ゆさゆさと母を揺さぶり鳴り出だす昔の声を聞かんとするも
ざくざくと馬鈴薯の皮を剥くわたし枯野に立っているのだろうか
たてがみの油を湯浴みのあとに塗る天翔けるその力欲しくて
ものの芽のふくらむ四月うしろから呼ばれて購(あがな)う桜鯛はも
2008年から2011年に発表した作品を収めた第7歌集。
変わりゆく東京の様子やかつて住んでいた町の記憶、老いを深める母の姿などが詠まれており、最後は震災の歌で終っている。それは、団塊の世代の作者が生きてきた道のりであるとともに、この国の戦後の歩みを映し出しているようにも感じた。
2013年2月20日、短歌研究社、3000円。