江戸時代の歌人・清水浜臣の歌論書「泊なみ筆話」(「なみ」は三水に百)の文章で、師の言葉が書き取られている。問題文についている註を参照して現代語訳すると、ざっとこんな内容だ。
だいたい習い始めの頃は、意外に歌数が多くできたり、思うままに口から出て来ることがあるものだ。これは本当にできたのではなくて、考えが浅くてうわべの心から出て来ているに過ぎない。だから安心してはいけない。また、ある時は一日じっと考え続けても、全く歌が出て来ないこともある。そんな時は、自分の才能の拙いのを恨んで、「もう歌は詠まないでおこう。こんなにまで出て来ないものか」と嘆いてしまうものだ。けれどもそれは、むしろ歌が上達する関なのだ。そこで心が緩んでしまったら、結局その関を越えることなく、中途半端なまま、やがて歌を詠むのを止めてしまう。反対にそこで心を奮い立たせて、休むことなく関を越えれば、また口がほどけてうまく詠めるようになるのである。いつも歌に心を寄せて詠んでいる人は、一年に二度三度とこうした関に行き当るのだよ。習いはじめの諸君は、このことに気をつけるように。
なるほどなあと思う。歌に関するこうした教えや悩みは、今でもあまり変らないことだろう。古い歌論書を読んでみるのもけっこう面白そうだ。