2013年02月25日

雨宮雅子歌集『鶴の夜明けぬ』

しぐるるにかなしきものの匂ひして河岸は名のみを路傍に残す
おそき夜の灯に手をさらすまぎれなくみづからの手の動くを見つつ
雷はしる刹那刹那を神の手の白きはのびるはくれんのうへ
草いきれより舞ひあがる黒揚羽母なりし日はとほく小さし
硝子売りなどはきたらず一日を無聊のままに部屋にこもれど
白孔雀ひるのひかりをあゆみつつましろくわたるわが胸のうへ
黒揚羽ゆらりと去りし夏草のうへをほほゑみしばし漂ふ
星影を映すすなはち星ノ井と碑に記されて顧みられず
いたはりの声やさしみの声みちたればわれの苦界ははてなかるべし
一日のひかり書物のうへに閉づ骨の林を風吹きすぎぬ

雨宮雅子さんの第1歌集。昭和51年に鶴工房より出版された本の文庫化。

この歌集は雨宮さん47歳の時のもの。18歳の頃から短歌を作っていたにしては、かなり遅い出版と言っていいだろう。巻末の年譜には、26歳から40歳にかけて「再婚・出産・離婚・子供との離別、いくどかの病気・入院、出版編集などの職業を経験。その間十年ほど作歌を中断(…)」とある。

こうした「悪戦苦闘のにがい物語」(竹田善四郎氏によるあとがき)については、この歌集で直接詠われてはいないが、その影は非常に濃く感じられる。「さびしさ」「かなしみ」を詠んだ歌が多く、全体のトーンは明るくない。その一方で、作者の芯の強さも伝わってくる。そうした強さは昨年出た第10歌集『水の花』まで一貫しているのだろう。

風や空や植物・昆虫などを詠みながら、そこに自身の心情を重ね合わせていく。どの歌も実際の景色であるとともに、作者の心象風景でもあるような、そんな不思議で魅力ある世界が生み出されている。

2013年2月20日、現代短歌社第1歌集文庫。700円。

posted by 松村正直 at 17:42| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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