1920年代の大正期から30年代の総力戦体制の時代、そして戦後にかけての日本人の心情の変遷を、童謡、新民謡、校歌・社歌、歌謡といった詩歌を通じて描き出した本。その中で、北原白秋を始めとした詩人たちが体制翼賛の詩歌を自主的につくるに至った流れも、作品の分析をもとに丁寧に解き明かしている。
この本では短歌のことは取り上げられていないが、もちろん短歌にも共通する話であり、戦前から戦中、そして戦後に至る短歌史を考える上でも非常に示唆に富む一冊である。
(…)普通は「平和な戦間期」で「大衆文化」と「デモクラシー」が花開いた時代とみなされるこの時期にこそ、民衆の心情の深部にナショナリズムが本質主義的に根付き、来るべき総力戦期の国民精神総動員に向かう精神的な基盤が作られていった(…)
要するに、今日の時点から考えると暗い戦争の時代の幕開けとみなされがちなこの一九三〇年代の前半は、同時代の都会人の短期的な体験として見る限りで、大不況からの脱却という光が見出されていた時期であり、満州事変も、遠い中国の地で勃発しながら自分たちには戦争景気をもたらしてくれる絶好の営利チャンスとして植民地主義的感覚で受け入れられていたということです。
戦時の軍国歌謡イベントと戦後の労働歌謡イベントとは、少なくともその手法と担い手において実は密接なつながりがあったと認めなければなりません。
こうした、歴史観や歴史認識の見直し、組み替えとでもいった指摘が随所に見られ、「近代史の常識をくつがえす」という帯文もけっして大袈裟ではない。
「です・ます」体を用いた書き方や、「わたしたち」を主語にした論の進め方など、文体にも工夫が感じられる。戦後について論じた「終章」がやや結論を急いだ書き方になっているのが惜しまれるが、全体として非常に優れた内容の本と言っていいと思う。
2012年5月30日、NHK出版、1200円。
こうしたジャンルを跨ぐような取り組みは、これからますます大切になっていくような気がします。