どこまでも走りぬくから死ぬときは人をみおろす眼をくれたまえ
文学史よみ終えてより灰皿に青白き蛾を焼きつぶしおり
湖のほとりに少女立ちながら写されるときの鼻のたてじわ
林檎ひとつ手にとりながら大空にはばたくことを許されており
にわとりの赤きとさかを悲しめば壁のしみさえ動きそめたる
汽車の笛はるかに聞こゆ一抹の望みというは苦しきものを
かつて君は二人の縁を問いしかなおたまじゃくしを追いまわしつつ
新しき花あまたありこの墓地に色あるものはいのちみじかく
砂のなかに傾きている漁師の家夕暮れて黒き屋根つきだせり
卑しさのわがうちにして芽ぶけるを卓上に火と燃えるアネモネ
16歳から25歳までの作品を収めた第1歌集。
昭和45年に新星書房から出た本が、このたび現代短歌社の〈第1歌集文庫〉シリーズから文庫となって刊行された。
巻末の年譜によれば、作者は高校1年生の秋に「アララギ」会員であった父の勧めにより「未来」に入会している。16歳から短歌を作り続けているわけだ。
この歌集に収められているのは、主に東京で学生生活を送っていた時期のもの。青春歌集ならではの若さと観念性、瑞々しさに溢れている。色彩が鮮やかなのも特徴だろう。
こうした作者の原点とも言える歌集を、文庫で手軽に読めるというのは嬉しいことである。
2012年12月19日、現代短歌社、700円。