合歓の葉の閉づる夜なれば両膝をかたく閉ざして少女も眠る
やうやくに泣きやみたりしをさなごの顔、睡蓮の湿りを持ちて
ぶつぎりの鶏とAとを鍋に入れかぶるくらゐのみづを入れます
この人の母韻を長く引く癖をゆふぐれを飛ぶ黄蜂と思ふ
巨き都市より帰りきたれる疲れあり指先に挟むまなかひの丘
ひいやりと肘が冷たきことを言ふ、腕(かひな)にかひな絡ませながら
濯がれて水菜は水より引き抜かれ息ふきかへすさみどりのひと
バゲットを待つやうに待つわが父の焼きあがり時刻午後四時三十分
避難する人を見送る
この街を出てゆくといふ、をさなごをかばんのやうに脇に抱へて
目の前にぶらさがつてゐる葡萄へは届く声高、だつたのだらう
第2歌集。作者は「潮音」に所属するかたわら個人誌「壜」を発行し、福島県いわき市から発信している歌人。この歌集で第13回現代短歌新人賞(さいたま市主催)を受賞した。
まずは1首1首の完成度、言葉の凝縮力に注目すべきだろう。巧みや比喩やイメージの融合が豊かな世界を生み出している。また「このをんな」で始まる歌をならべた「鏡像」や「…はずでした」を繰り返す「poule au pot(鶏のポトフ)」など、意欲的な連作も多い。
巻末に置かれた「見よ」50首は、東日本大震災とその後の被曝の状況などを詠んだもの。主題と修辞を十分に兼ね備えた震災詠となっている。被災地で暮らす悩みや不安、それでも失わない希望を描き出していて、強く印象に残った。
2012年7月30日、いりの舎、2000円。