乙女という死語の名を持つ峠にて翳りもあらぬ空を見上げる
関野裕之
乙女峠は箱根と御殿場の境に位置する峠。天気が良ければ富士山をきれいに見ることができる。短歌にもよく詠まれる峠である。
乙女峠の上りのみちに葉蕨に交りて萌えぬおそき蕨は
高安やす子『樹下』(箱根)
乙女峠に風さむくして富士が嶺の裾野に響き砲うつを見つ
斎藤茂吉『あらたま』(箱根漫吟)
以前にも書いた通り、高安やす子には箱根を詠んだ歌がいくつかある。
斎藤茂吉もまた強羅に山荘を持ち、箱根の歌を数多く詠んでいる。
高安やす子の箱根の歌を読んでいると、そこには師である斎藤茂吉の影響が非常に強く感じられる。いくつか歌を引いてみよう。
八峯(やつを)越え溢れくる雲分きしらず箱根の峡を埋みゆくらし
ここにして雲の乱れに見えかくる高山肌の黒き寂しさ
白雲は谿より湧きて高嶺(たかね)よりおりくる雲と乱れあひたり
わが心しづかにあらむ山の上に雲のゆきかひ常なかりけり
高安やす子『樹下』
たたなはる八峯(やつを)の上を雲のかげ動くを見れば心すがしも
さやかなる空にか黒き山膚(やまはだ)はうねりをうちて谿にかくろふ
斎藤茂吉『あらたま』
まながひに雲はしれども遠雲(とほぐも)は動かぬごとし谿をうずみて
おのづから寂(さび)しくもあるかゆふぐれて雲は大きく谿にしずみぬ
斎藤茂吉『ともしび』
用語やモチーフ、調べといった点に共通しているものがある。これは、単なる「影響」というだけではないだろう。おそらく選歌の段階で、茂吉の手がだいぶ入っているのではないか。そう感じるほどに両者は似通っている。