現代三十六歌仙シリーズ12。
ねんごろに少女のわれが埋(うず)めたる核(さね)がたわわに枇杷の実をもつ
不祝儀の袋を買いに出でくれば月とはあの世へつづく抜け穴
鋭刃(とば)あててつうと開きし鮭の身をあふれ耀く秋のはららご
着るたびに気づき脱ぐたび忘れたり今にもとれそうな喪服のボタン
身のうちに癌を育てている人と真向えり暖かな冬のカフェテラス
群馬からくるかつぎ屋を待ちて買う木枯漬という沢庵うまし
恋というあやまちもせず胸たてて隣家の猫が雲を見ている
父とゆきし遠い祭りに掬いたる金魚が記憶のなかにて跳ねつ
桃売りの軽トラがいちにち停まりいし日陰に桃のにおい残れる
そして誰もいなくなった浜に拾いたり有田の薄き茶碗のかけら
作者の歌にはさまざまな形で「時間」が含まれているものが多い気がする。
1首目は庭に生る枇杷の実を眺めながら、その種を埋めた日のことを思い返している歌。
4首目や6首目も、直接詠われているのは「今」のことだが、そこには何度かの反復が含まれている。
10首目は「石巻へ」という一連に入っている歌で、震災後に見た浜の様子である。
ここにも、人々の暮らしという長い時間が感じられる。
2012年11月10日、砂子屋書房、3000円。