2012年11月07日

永田和宏歌集『夏・二〇一〇』


2007年から2011年までの作品568首を収めた第12歌集。
耳遠くなりたる父は向かうむき秋の蜻蛉(あきつ)を眼に飼ふらむか
骨のないねずみを作りにんまりと我も学生も冬の日だまり
ゆふやみが鰓で呼吸をしてゐたり長谷八幡石段のわき
湖へ謐(しづ)かにつづく水の路 舟は朽ちゐつ櫓ももろともに
風に乗りて鳶は行くなりゆつたりと地の凹凸を空に映して
白梅をわたりくるとき濾(こ)されたる光かすかな潤ひを帯ぶ
埒もなききみの怒りを遣り過ごすトローチの穴を舌に載せつつ
換気扇を抜け来る光がキッチンの床にゆつくりまはりつづける
一度目は母が二度目はわが妻が、われを残して行けないと言ふ
春の雪 雪の中洲に目を瞑りユリカモメらは風に梳かるる
2010年8月に亡くなった妻の河野裕子のことを詠んだ歌がたくさんある。それらの歌はここに引くよりも歌集の流れの中で読んだ方がいいと思うので、あまり選ばなかった。

妻の死以外にも、定年による職場の変更、娘の結婚、家の改築など、大きな出来事がいくつも起っている。ただし、歌集の雰囲気はあくまでも静かである。

〈木苺の十粒がほどのたいせつは子らの手のひらにひとつづつひとつづつ〉〈ただひとり永田和宏のほんたうを知る人がゐて…… 頬杖をつく〉など、「たいせつ」「ほんたう」を使った歌がいくつか出てくる。日常的に使われる「大切」や「本当」ではなく、ひらがなの「たいせつ」や「ほんたう」。そうしたものを感じることの多い歳月だったのだろう。

2012年7月24日、青磁社、2600円。

posted by 松村正直 at 14:19| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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