2008年後半から2012年前半までの歌をまとめた第4歌集。
背古さんは勢子、由谷さんは油採り、梶さんは舵取り、表札たどる鳥髪のたたら師、太地町の捕鯨の砲手、白浜町安居(あご)の炭焼き、湖東の木地師など、日本古来の伝統を受け継ぐ人々を訪ねる旅から生まれた歌に特色がある。
圏外をたしかめ訪ねる山なかの炭焼き窯にも郵便夫くる
窯のなかあかく咲(ひら)ける桜炭・菊炭・椿炭・馬酔木炭
ことわりの返事はすぐに来るひとの名前を河原の雀に与ふ
訪ひくるは雀五羽のみ昼どきのひとり遊びに水雲(もずく)粥炊く
息吐けば吸はねばならずりんろんと秋の鏡をひたすら磨く
重心のそれぞれちがふ瓢箪をまぶしむやうにふたり子育てし
ふたり子に実家といはれるやうになり棕櫚の箒にうらぐちを掃く
眠くなる薬を買ひにゆくひとのひらたき顔をガラスは映す
僧房の鍋に湯のわき座ぶとんをこの世の秩序のなかに並べる
1首目は和歌山県太地町の歌。かつての捕鯨における役割が苗字のルーツになっているのだろう。3首目は「桜炭」「菊炭」「椿炭」「馬酔木炭」と、それぞれの木によって違う炭の様子が美しく浮かび上がってくる。
ただし、日本の源流を訪ねるというテーマがやや出過ぎて、散文的になっている歌も見受けられる。そのあたりのバランスの取り方が短歌は難しい。
他には、衰えてゆく姑、長男の結婚、実家にひとり暮らす姉など、家族を詠んだ歌に良いものが多い。8首目、「実家といはれるやうになり」には、夫婦二人の暮らしとなった寂しさがじんわりと滲んでいる。
2012年8月28日、ながらみ書房、2500円。