筆先を水で洗へばおとなしく文字とならざる墨流れたり2005年末から2012年1月までの作品を収めた第4歌集。
夜勤明けのきみ、徹夜明けのわれ眠り昼寝の犬はガラス戸のそと
わがうちに小さきひとゐて緑濃きアスパラガスの茎を分け合ふ
あるときはみづからに歌ふ子守唄おにぎりに海苔はりつけながら
しんしんと夜の雪渓をゆくごとく目瞑りて子に母乳を与ふ
朝顔の紺の高さに抱き上げてやれば蜘蛛の巣に手を伸ばしたり
とりどりのベビーカー風をはらみつつある日は舟のごとく行き交ふ
阪神の死者を超えたと待つてゐたかのやうに告げる声のきみどり
人形に「もうすぐ地震をはるよ」と繰り返す子のひとり遊びは
月にいちど夫は宮崎へ会ひに来てそのたび淡く出会ひなほせり
全体が3章構成となっており、1章は夫婦二人の仙台での生活、2章は息子の誕生と子育て、3章は東日本大震災後の宮崎市への転居という流れとなっている。
母親が子供を殺した事件を詞書にした連作「吾亦紅」20首は、異様な迫力がある。連作のタイトルが「われも(こう)」であるところに、事件を起こした母親と自分との差は紙一重に過ぎないといった意識が感じられる。
今朝の新聞にも「母が娘2人刺殺 9か月と9歳」という記事が載っていた。
2012年6月29日、角川書店、2571円。