2012年09月28日

山口仲美著『日本語の歴史』


「話し言葉」と「書き言葉」のせめぎ合いという観点から描いた日本語の歴史。

章立ては「漢字にめぐりあう―奈良時代」「文章をこころみる―平安時代」「うつりゆく古代語―鎌倉・室町時代」「近代語のいぶき―江戸時代」「言文一致をもとめる―明治以後」となっていて、トピックを絞ってわかりやすく書かれている。

この一冊を読めば、文字の誕生から現在へ至るまでの流れが一貫したものとして見渡せるとともに、今後の日本語に対する問題提起も含んだ内容だ。

いくつも面白い指摘がある。
例えば、漢文を和語で訓読することに関して。
 その訓読に使う和語が、日常会話で使う和語とは異なっている。ここが面白い。たとえば、「眼」と書かれた漢語を「ガン」と音読みにしないで、「まなこ」という和語に翻訳して訓読する。ところが、日常会話で一般に使う和語は「め」。こんなふうに、漢文訓読の時にだけ用いる和語がたくさんあります。
あるいは、尾崎紅葉の「である」体について。
 それまで地の文で説明に用いられる文末は、「でございます」「であります」「です」「だ」です。ところが、これらは、いずれも読み手に直接働きかけてしまう文末なのです。地の文で客観的に説明したい時には、向かない表現形式なのです。
 それに対して、「である」は、客観的に説明するのに向いています。
自分が文章を書く際にも参考になる話だと思った。

2006年5月19日、岩波新書、740円。

posted by 松村正直 at 08:23| Comment(0) | ことば・日本語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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