2012年09月22日

近藤かすみ歌集 『雲ケ畑まで』


はじめから寡黙なひとと知つてゐた夕餉のあとに梨の実を剥く
カレンダーを家族の予定で埋めし日々終りていまは詳しく知らず
亡き父の勤続三十年祝ふ柱時計が正午を告げる
「夜の梅」切りたるのちの包丁のひかり静かに鞘に納めつ
身のうちに白きうどんを入るるときわれの喉は悦びふるふ
さみどりのきぬさや卵とぢにして春の夕餉を彩るこころ
夕立がやむまでここにゐる人の湯呑みにすこしお茶を注ぎたす
曖昧に時は過ぎゆき秋茄子とにしんの煮付けに火を入れなほす
ぬか漬けの茄子も胡瓜も具合よし安南染付小鉢に盛りぬ
病室に静寂つづく夕まぐれ「もう来なくてもいいよ」と声す
「短歌人」「鱧と水仙」所属の作者の第一歌集。

どの歌も言葉の扱いが丁寧で、端正な姿をしている。詠われているモノや人がくっきりと見えてくるのが良いところだろう。亡くなった両親の思い出を詠んだ「十月三日 金曜日」「灰色の眼鏡」、不在がちな夫を詠んだ「真幸くあれな」などの連作は、構成も十分に練られていて、落ち着いた味わいがある。

10首選をしたら、7首が飲食に関わる歌になってしまった。飲食の歌が特に多いわけではないが、どれも生活の手触りがある。「お茶を注ぐ」ではなく「注ぎたす」、「火を入れる」ではなく「入れなほす」であるところに、時間が含まれていて良い。

全体に破綻がなく、よくまとまっている歌集である。次の歌集では、もう少しナマな感情が零れ出てきてもいいかもしれないと思う。

2012年8月11日、六花書林、2300円。

posted by 松村正直 at 23:25| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私の歌集を取りあげていただきありがとうございます。
飲食の歌は、好きでよく作ります。食いしん坊というより、家族に食事を提供するという生活が長いでしたから。この先、歌も私自身もちょっと壊れた方がおもしろいかもしれません。ほんのちょっとだけ。
Posted by 近藤かすみ at 2012年09月23日 14:36
飲食の歌が、どれも美味しそうなのが印象的でした。
壊れるというのは、なかなか意識してできるものでもないので、難しいですよね。壊れ過ぎても大変だし。
Posted by 松村正直 at 2012年09月24日 23:59
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