2012年09月19日

古谷智子歌集 『立夏』

くねる渓流そのままにして堰きとめし湖(うみ)はも蒼き竜の寝姿
地に入りゆくわれら俯き地を出でゆく人らは仰ぐ行く手のひかり
バカボンのパパにはやさしきママのゐて赤塚不二夫の馬鹿が恋しい
腐葉土のごとき香のする古本の積まれし店のどんぐりわれら
はるかなる宙をみつめて笑みながら遺影の視線はだれにも向かず
おそろしやほんにやさしく酔ひながらこの人徐徐に醒めてゆくなり
かの立夏に生(あ)れしおとうと炎天の空のるつぼに溶けて五十年
渡り廊下ながき離れに白秋の書斎見えゐて白秋をらず
改札をいでて左折しまた左折からだが覚えてゐるとほり行く
冬芝の真中に土を盛りあげてもぐらの太郎月仰ぎしか
昨年出版された『草苑』に続く第6歌集。
2004年から2009年頃までの作品435首が、編年順ではなくテーマごとに組み替えられて、収められている。

師の春日井建の死や五十年前の弟の死、あるいは初めての孫の誕生など、生と死をめぐる歌が多い。「立夏」という季節も、作者には生死を感じさせるものであるようだ。中でも師への挽歌は数が多く、内容的にもこの歌集の中心となっている。

全体に歌の姿はくっきりと鮮明で、抽象化する力がよく働いている。その一方で、「深夜着きし町はサン・マロ城壁の暗しも中世の霊とゆきあふ」「白秋の里の白壁なまこ壁のぞけば明治の風もれてくる」といった歌の場合、「中世の霊」「明治の風」という括り方が余情を削いでしまっているようにも思った。

2012年9月9日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 19:57| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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