2012年09月17日

正津勉著『忘れられた俳人 河東碧梧桐』


虚子と並んで子規門の双璧と言われた河東碧梧桐(1873−1937)の評伝。

碧梧桐は決して「忘れられた俳人」ではないと思うが、このタイトルには、「俳句史のみならず碧梧桐ほどに絶望的なまでに無理解にさらされた文学者はまたとない」という著者の強い思いが込められているのだろう。

著者は、子規の弟子であった碧梧桐が、子規の死後に虚子と対立し、新傾向から自由律、さらに俳壇からの引退へと至る生涯を、作品とともにたどってゆく。そのキーワードになるのが「歩く人・碧梧桐」である。

『三千里』『続三千里』に記された日本中をくまなくめぐる旅のほか、『日本アルプス縦断記』など数々の登山。休む間もなく歩き続けた碧梧桐の姿は、確かに俳句革新の志を引き継いで変化し続けた作風とも通じるものがあるようだ。
桃さくや湖水(こすい)のへりの十箇村(じつかそん)
河骨(かうほね)の花に集る目高(めだか)かな
赤い椿白い椿と落ちにけり
といった初期の作品から
曳(ひ)かれる牛が辻でずつと見廻(みまは)した秋空だ
泳ぐ人影もない磯をあるいてしまふ
パン屋が出来た葉桜(はざくら)の午(ひる)の風渡る
といった後期の作品へ。確かにそこには大きな変化がある。
その変化を、先入観や偏見なく、あるがままに受け止めるところから、まずは出発する必要があるのだろう。

本書は著者の語り口もおもしろく(講談調とでも言うのだろうか)、碧梧桐の魅力をよく伝えているが、俳句一句一句の解釈や鑑賞は不十分である。「なんとも文句なしに宜しくある」「新鮮である、素晴らしい」「おかしい、なんとも洒脱でないか、ほんとに」といった評言が多く、その点は物足りなさを感じた。

2012年7月13日、平凡社新書、760円。

posted by 松村正直 at 15:57| Comment(3) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なるほど。タイトルは、あれだね。宮本常一になぞらえて
Posted by まなか at 2012年09月17日 22:58
タイトルは、宮本常一のそれですね。
Posted by まなか at 2012年09月17日 23:12
「忘れられた日本人」ですかね。

…わたしはこの小著に「忘れられた俳人」ならぬ
「葬られた俳人」と角書(つのがき)しようという、
つもりでいたほどである。

とも書いてました。
Posted by 松村正直 at 2012年09月17日 23:46
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