写真、楠本弘児ほか。
和歌山市加太(かだ)に生まれ、大阪に住む著者が、熊野の山や海や森や神々や、そこに暮らす人々について記したエッセイ集。ところどころに著者の短歌が効果的に使われている。
ながき影くねらせ川をのぼる蛇あるいは蛇をくだりゆく川エッセイのタイトルをいくつか挙げると、「松煙墨」「ニホンオオカミ」「山蜜切り」「お燈祭り」「あんとくめの寿司」「夜鰻」「那智の大滝」「ヒダル神」など。熊野の風土や生活に密着した内容であることがよくわかる。
人よりも山猿どものおほくすむ十津川郷へ尾のある人と
明治生まれの祖父は、鯛の一本釣りの名手であった。父は漁師をいやがったが他にいい仕事もなく、若いころは祖父とともに沖まで櫓をこいだ。著者の生まれ育った漁師町加太の暮らしである。
お隣さんとは魚や野菜を交換し、米櫃のなかも漬物樽のなかものぞき合うほどの、あけすけなつき合いだった。
「今日も、財布の口を開けんでも済んだよし」
と、祖母は毎日しまつの自慢。いまから思えば、まことに質素な暮らしをしていたものである。
こうした原体験が、著者の文章や短歌の太い根っこになっているのだろう。
2008年8月8日発行、本阿弥書店、2200円。