作者は時事詠・社会詠にも意欲的に取り組んでいる歌人である。この歌集にも、そうした歌が数多くあり、歌集の一つの核となっている。
「線路内に入られたお客様」のこと いくたびも聞く我らお客は1、2首目は電車への飛び込み事故を詠んだもの。通勤途中で遭遇した場面だろう。
ぬぐわれし跡とも見える染みありて白き車体は駅に入り来(く)
種牛の雄を選びて守りつつ雌は単純に殺されゆくか
いつか殺す牛ゆえ遅速の違いのみと 正しきことを人間は言う
もうこれしか飲めないのよと言っていたレモン水そのかすかなる泡
この遺影に記憶はかたまりゆくならむいろいろな顔を見てきたけれど
火山灰(よな)の降り本の表紙のざらつくを払い払いて納入したり
ワイパーに砂鉄のごとく溜まりたる灰を洗えり書店の人は
段ボール切りて〈廃炉〉と書きたりき寒風のなか羽撃(はたた)きやまず
数千のなかの一人とおもえども 鳥群(とりむれ)に過ぎぬとおもえども
3、4首目は作者の故郷である宮崎県で発生した口蹄疫の歌。「正しきこと」の持つやるせなさがよく表れている。
5、6首目は河野裕子の死を詠んだ挽歌。
7、8首目は新燃岳の噴火の歌。出張で宮崎市へ行った時のものであり、単なる時事詠ではなく仕事詠でもあり、また故郷への思いがベースになっている。
9、10首目は原発反対のデモに参加した時のもの。角川「短歌」8月号の時評でも取り上げたが、自らの立場を鮮明にして、一歩踏み込んで詠んでいる印象を受けた。