2012年09月05日

吉川宏志歌集『燕麦』(その1)

江戸の世に紙飛行機は無かりしや春の光のなかを滑りて
幼くて自動扉のひらかねばぽんぽんと跳ぶガラスのむこう
紅葉散る吉備路(きびじ)は鬼が行くところびーんびーんと影長くなる
窓あけるときには前にいる人の助けを借りたそのころのバス
映画三つ借りて来たりぬ飛び石のように老いゆくジュリエット・ビノシュ
鯉の背に赤き地図あり泥ゆらぐ水のなかより浮かび来たりぬ
晴れながら寒き風吹く日となりぬ竹は崑崙こんろんと鳴る
読み終われば抜け殻のようになる本を売りにゆきたり免許証を持ちて
秋の日の郵便局は銀いろの秤(はかり)の上に速達を置く
凍らせぬためほそほそと流しいる水道に似て夜更け覚めいつ
2008年から2012年までの作品482首を収めた第6歌集。

いいなあと思う歌はたくさんあって、付箋を貼っていくとキリがない。
上に引いた10首は、どれも表現や言葉の上での工夫があって印象に残る。

「飛び石のように」「赤き地図」「崑崙こんろん」といった言葉によって、一気に歌が立ち上がる。日常的な場面を詠んでいても、詠み方次第で良い歌になるということがよくわかる。

2012年8月1日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 00:28| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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