日常を肯ふやうにまひまひが祭のあとの大学を行く1998年から2012年までの371首を収録。
空よりも山が暗いよ この歳になつて故郷の呪縛もないさ
夜の汽車に赤子は泣けり永遠にえーいゑーんと泣き続けたり
ふりがなをわが名に振りてゆくときに遠くやさしく雁帰るなり
カウンターの隣は何を待つ人ぞわれは春雨定食を待つ
企画書のてにをはに手を入れられて朧月夜はうたびととなる
地下鉄のほそき光にたどりゆく日に二十ページほどの読書を
二十代過ぎてしまへり「取りあへずビール」ばかりを頼み続けて
藤棚のやうに世界は暮れてゆき過去よりも今がわれには遠い
片肘をついたころから言の葉に蔦がからんでゆくバーの夜
行く春の固定電話がなつかしいコードをのの字のの字に巻いて
タイトルは大学時代に住んだ札幌の住所から取られている。
本書の特徴としてまず挙げられるのは、土地に対する愛着といったものだろう。ふるさとの群馬県、大学時代を過ごした札幌、社会人となって暮らす東京(大阪、神奈川)。それぞれの場所が作者にとって大きな意味を持っているように感じる。
また、サラリーマンとしての感慨や仕事の歌が多いことも特徴の一つだろう。何も特別な内容が詠われているわけではないが、20代〜30代男性の一つの典型を描き出していて興味深い。こうしたサラリーマンの歌というのはどこにでもあるようでいて、実は意外と少なかったものだ。
もう一点挙げておきたいのは、お酒や飲食に関する歌が多いことである。それも「ミスドのドーナツ」「きつねうどん」「ラーメン」「海老フライ」「カレーパン」「ニンジンジュース」といった、いかにも日常的な(庶民的な?)食べ物が多く登場する。
こうした特徴を挙げていくと、そこから見えてくるのは「日常」を愛する気持ちであろう。さまざまな悩みや苦労を抱えつつも、日々の暮らしや人間の営みを緩やかに肯定し、基本的に前向きに進んでいく明るさと健やかさがある。
「えーいゑーん」や「取りあへずビール」や「のの字のの字」など、遊び心のある修辞を交えつつ、ストレートな心情表現とのバランスがいい。一冊を読み終える頃には、確かな作者像が浮かび上がってくる。優れた第一歌集の誕生である。
2012年7月14日、本阿弥書店、2600円。
久しぶりに良い第一歌集を読ませていただきました。
付箋がとにかくいっぱい付いて、10首を選ぶのに
悩みました。ますますのご活躍をお祈りしております。