「りとむ」の平成11年7月号から連載が続いている「百舌と文鎮」の中から70編を選んでまとめた本。「歌話、あるいは歌と暮らしをめぐる日々の随感」を連載する意図について、最初に次のように述べている。
近代百年の歌人の仕事を見ていると、歌論の力はもちろん大きいが、古びるのも早いと感じる。歌話にはそれがない。その時々の作品の分身、作歌メモというニュアンスが伴うからだろう。つまり歌に近しいからである。そうした領域にも守備範囲を少し広げたいのである。
年齢を重ねてきた著者の自身や余裕といったものが感じられる文章だ。
読む方としても、『昭和短歌の精神史』や『啄木―ふるさとの空遠みかも』など、同じ時期に書かれた歌論や評論集を読むのとは、また違った楽しさを味わうことができる。
本書には13年間にわたる様々な話が入っているが、飯田龍太、竹山広、河野裕子、吉本隆明など、亡くなった人のエピソードがとりわけ印象に残る。1976年頃の高安国世についての思い出もある。
東京と京都のシンポジウムを通じて思うのは、高安国世氏のことである。氏の世代は全く関心を持ってくれなかった企画を、口出しを全くせずにバックアップしてくれたのが高安氏である。東京でも京都でも会場の前の方で熱心な聴衆に徹していたその姿が忘れられない。企画の成否を危惧している当事者としては、氏の参加に大いに励まされた。初期から中期、そして後期へと、常に変化を求め続けた高安国世の短歌の世界を想起させる話だろう。高安さんの姿が目に浮かんでくるようだ。
本書は短歌の豊かさを存分に味わうことのできる良書であるが、惜しむらくは誤植が多い。はっきりわかるものだけで20か所くらいはある。内容が評論でなく歌話であることが不十分な校正につながっているのだとすれば、残念な話である。
2012年7月2日、ながらみ書房、2500円。