2冊の全く関係のない分野の本を読んでいて、不思議とつながっていると感じることがある。
例えば、最近読んだ『ロボットは涙を流すか』と『河骨川』は、全く別のジャンルの本と言っていいだろう。それが不思議とつながっているのだ。
夜中に必要なものが出てきて、家の近くのコンビニまでちょっとでかけて買い物してくる――まずは、そんな時の会話を思い出してもらいたい。自動ドアを通過すると「いらっしゃいませ、こんばんは」とアルバイトの店員さんが声をかけてくる。(…)
――さて、このコンビニの人は人間ですか?
コンビニで私たちが店員さんと交わす会話は、せいぜい十秒ぐらいの長さだろう。この程度の内容と長さの会話を実現するだけであれば、おそらくアンドロイドで十分間に合う仕事だと思う。そう考えると、アンドロイドが成り代われる人間の作業は、私たちの暮らしの中にいくらでもある。
『ロボットは涙を流すか』
コンビニに来て物買はずコピー機を使ふ時素浪人(すらうにん)の恥(やさ)しさ実によく似たモチーフが描かれている。その偶然の一致に驚く一方で、あるいはこんなふうに全ての出来事はつながっていると考える方が正しいのかもしれないとも思うのである。
全コンビニの終夜の電気消費量をまかなふための原発幾つ?
イラッシャイマセが「ラッシャイセ」となりぬ元ヒトだつた接客人形
量り売り廃れたる世の寂しけれ容器はみんなみんなみんなゴミ
人間がロボットに進化する神話書かれこの星の歴史畢(をは)らむ
『河骨川』