川遊びする子ら星ヶ淵に来て五人いつしか四人となりぬ第13歌集。平成18年〜21年の作品575首を収めている。
前流れ後ろ流れを雪が覆ひ越の家々白き墳(つか)の如し
歩道橋のぼり来たりて街路樹のマロニエの大き葉のそばを行く
母をおもふ、さうではなくてむらきものこころに母が来て縫物す
稲尾逝きてその日マンションの銀色のドアノブ全て鈍く光りぬ
にんげんの老いて、老いざる鼻梁(はなすぢ)を哀しと見れば洟をかみたり
礼をして顔を上げたる棋士二人いづれ勝ちしや共にほほゑむ
コンビニの夕べのおでん いふならばおでんはクラリネットのねいろ
人生を手ぶらで歩く午後ありて天人唐草咲く土手に来つ
蹄あるものら燦々と駆けゆけり二足獣らのどよめきの中
歌集の特徴として、まずは語彙の豊かさや言葉に対する関心が挙げられるだろう。今ではあまり使われなくなった言葉が、しばしば登場する。
「前流れ」「後ろ流れ」「八十隈(やそくま)」「既望(きばう)」「季春(きしゆん)」「杪春(べうしゆん)」「二分(にぶ)」「二至(にし)」といった言葉は、辞書で意味を確認しながら読んだ。自分の知らない良い言葉がたくさんあることに、あらためて気づかされる。
もう一つの特徴は飲食に関わる歌が多いこと。ざっと数えて、全体の1割は飲食の歌である。豪華なものや高価なものを食べているわけではないが、何とも美味しそうに感じる。お酒とつまみという組み合わせで詠われることも多い。
「地魚のさしみ」+「熱き酒」高野さんには昨年出た『うたを味わう 食べ物の歌』というエッセイ集もある。食べることが本当に好きなのだろう。そして、食べること(と飲むこと)が、人生の豊かさや喜び、あるいは哀しみまでも感じさせるところに、深い味わいがあるように思う。
「火酒」+「品川巻き」
「酒」+「マンボウの腸」
「枝豆」+「(ドイツ)ビール」
「チャーシュー」+「老酒(ラオチュウ)」
「焼酎」+「たけのこ」
2012年7月14日、砂子屋書房、3000円。