日本の紀行文の歴史を考えると、まず『土佐日記』『更級日記』『海道記』『十六夜日記』『東関紀行』などの作品がある。しかし、江戸時代のものは芭蕉の『おくのほそ道』以外あまり知られていない。
こうした「芭蕉の作品が近世最大にして唯一の見るべき紀行であり、それを最後に明治以降まですぐれた紀行は皆無だったという見解」は、今も根強く残っていると、著者は言う。
そこには明治維新を高く評価し、それ以前の江戸時代を低く見る歴史観が反映しているのだろう。これは、紀行文に限った話ではない。様々なジャンルに当てはまることである。
しかし、著者が
明治維新とその前後の混乱は、部分的には紀行にも影響したが、全体としては、江戸時代の紀行が築き上げた平和な時代ならではの多彩な要素と前向きな明るさは、ほぼそのままに明治以降の紀行にもひきつがれていったと見るべきであろう。と書いている通り、実は江戸時代から明治以降にひきつがれたものの大きさを見逃すわけにはいかない。短歌史においても、江戸時代の和歌や狂歌についての再評価が、今後間違いなく進むと思う。