2005年から2008年までの歌を収めた第11歌集。
今ならば出ることはなき全集が古書店の棚を占めて並ぶも長年勤めてきた会社を定年退職した作者。ふるさと中津川に住む両親の世話をするために、帰省することが増えたようだ。歌は境涯詠を中心とした平明なものがほとんどで、そこに自ずから苦味のようなものが滲み出ている。師である近藤芳美の死、そして母の死といった大きな出来事が続き、なかなか悠々自適の生活というわけにはいかなかったのだろう。
自爆テロのその後を知らぬ死者たちが殺めし数を日々に見つむる
夏水仙すっくと伸びてしなやかな茎は支える六つの花を
耳遠き父がするどく母を叱るおのれの声を恃むごとくに
新聞に故郷の町の地図はあり殺人現場に×印を付けて
蜘蛛の巣は目に見えがたくなりたれど点々と浮く蜘蛛は見ゆるも
トランプの散らばりている夕暮れの坂をくだれば光るトランプ
己が糞片付けらるるを振り返り見ていて犬は歩き始めつ
ふるさとに帰りし兄はブログにて「田舎日記」を書き始めたり
母と共に食事をするためそれぞれがお盆にのせて母の部屋に行く
2012年6月17日、ながらみ書房、2700円。