あたたかいコンクリートに自転車を寄せておく海のねむりのそばに
岩肌を流れる水はいくすじのよろこびもしくは身体である
主電源おとしたあとの真っ黒な広場でかなしい子供は遊べ
あるときは呼吸のようにあかるくて照りかげりするふたつの島は
ここにいてなにもしなくていいんだよ 猫は小さな夕暮れだから
雲がきてまた消えてゆく湿原のどこにもゆかない水のいちにち
大判の鳥類図鑑を見ておりぬ飛べない鳥はうしろのほうに
やわらかな流れに沿って揺れている石斑魚の群れのうすい意識は
ほのぐらい過去のひとつに灯をともすように訃報をもらうてのひら
昨日よりあたたかい風 ほんとうはメジロの妻であってもよかった
「未来」所属の作者の第1歌集。
ほとんど口語だけの歌であるが軽くはない。何度も出てくる「河」「海」「鳥」「橋」「自転車」「あかるい」「ひかり」「遠ざかる」「離れる」といった言葉が、乾いたさびしさや、明るい空虚感といった気分をうまく醸し出している。
イメージや発想に個性的な魅力のある作者だが、それが行き過ぎて読者が置き去りになってしまうこともある。例えば「白桃をひかりのように切り分けてゆくいもうとの昨日のすあし」という歌の場合、四句目まではとても良いと思うのだが、結句の「昨日の」で躓いてしまうように思った。
2012年4月23日、ながらみ書房、2500円。