2012年05月21日
年譜をめぐる問題(その3)
二人の文章では高安の留学先は「ドイツ」となっているが、全歌集の年譜には「ドイツ連邦共和国」とある。「ドイツ連邦共和国」は「ドイツ」の正式名称だから、同じことのように見えるが、実はそうではない。
高安が留学した1957年も、全歌集の年譜が作成された1987年も、ドイツがまだ分裂していた時代のことである。つまり、この年譜の「ドイツ連邦共和国」とは、今の「ドイツ連邦共和国」のことではない。かつて1949年から1990年まで存在した「西ドイツ」のことである。
年譜作成者が「ドイツ」ではなく「ドイツ連邦共和国」と書いているのは、当然もう一方の「ドイツ民主共和国」(東ドイツ)を念頭に置いてのことだろう。高安の留学当時は、「ドイツ」という一つの国はなかったのである。
もっとも、高安自身はそうした政治的な話は気にしていなかったようで、『北極飛行』のあとがきを見ると、そこには「ユネスコの地域文化研究員としてドイツへ旅立った」と至極あっさり書かれている。
この記事へのコメント
コメントを書く