2012年04月20日

いやなのだ

「塔」4月号を読んでいたら、こんな歌があった。
迫力が一首の言葉を作らせるいやなのだ小手先の歌など
                永田 淳

まあ、そうだよなあと思う。次に「嘘くさき修辞を重ぬる歌集なりレモン半分齧りつつ読む」という歌があるので、作者の言いたいことはよくわかる。

この歌に立ち止まったのは、「いやなのだ」という言葉。
すぐに河野さんの歌を想い浮べた。
このひとは寿命縮めて書きてゐる私はいやなのだ灰いろの目瞼など
               河野裕子『家』

身近に接しているうちに、知らず知らずに文体が似たのかもしれない。
そう言えば、永田さんにもこんな歌がある。
ポケットに手を引き入れて歩みいつ嫌なのだ君が先に死ぬなど
               永田和宏『風位』

それぞれ関係のない歌なのだが、こうして並べてみると、口調が伝染したみたいで面白い。

posted by 松村正直 at 00:29| Comment(3) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この永田淳氏の歌を見て一言居士として述べる。迫力が一首の言葉を作らせる、これは正しい。つぎの、いやなのだ小手先の歌など、が問題。この意味は迫力が一種の言葉を作らせ小手先の歌が生まれる、ということになる。はたしてそうだろうか。迫力ある歌は真にせまった歌だから小手先の頭でめぐらした歌と生まれにくい。ここに誤りがある。淳君の父母の歌がここに出ているのだが本当のことを歌っているので読むもののこころをつかんでいるのだ。歌づくりも結構なのだが君のやってる出版も立派な仕事である。わたしは余技として歌をつくり本業の仕事に専念されたらいいのではないかと思う。和尚の慈悲を許されよ。
Posted by 小川良秀 at 2012年04月20日 15:18
「迫力が歌の言葉を生み出すのであって、小手先だけで作った歌など私はいやなのだ」という意味でしょう。
Posted by 松村正直 at 2012年04月20日 20:04
  迫力で一首の言葉をつくるゆえ小手先の歌など嫌なのだ
Posted by 小川良秀 at 2012年04月20日 23:26
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