2012年04月15日

小池光著 『うたの人物誌』

副題は「短歌に詠まれた人びと」。角川「短歌」に2006年〜2008年に連載された文章を一冊にまとめたもの。

「科学者」「作家」「画家」「政治家」「革命家」など、歌に詠まれた人物をジャンル別に取り上げて、解説を加えるというスタイル。その人物にまつまるエピソードを紹介しつつ、歌の読みにも独自の冴えを見せている。

小池の散文のうまさには定評があるが、この本でも、雑学的な事柄や、歴史への言及、あるいは短歌論と呼んでいいものまで、自在に筆を運んで読者を飽きさせることがない。
みそれ降る/石狩の野の汽車に読みし/ツルゲエネフの物語かな
                    石川啄木『一握の砂』

例えば、この一首について小池は、啄木の読んだ本が明治41年1月に刊行された二葉亭四迷の翻訳小説集『片恋』の再版であったことを述べる。そして、この歌の背景ともなったであろう啄木と二葉亭との縁について、次のように記すのである。
石狩の野を行く汽車で啄木がツルゲーネフを読んで一年後、二葉亭四迷はベンガル湾の船上で客死した。啄木にとって同じ東京朝日新聞の先輩社員でもあった。そして死後直ちに編まれる二葉亭全集の校正の仕事がまわってきた。思いもしなかった運命の展開であった。歌は明治四十三年五月七日の東京朝日新聞に発表。ツルゲーネフを通して、会わずに終わった二葉亭四迷へのさまざまな思いが籠もっている筈。

この部分だけ読んでも、いかに密度の濃い内容が含まれているかがよくわかるだろう。

2012年2月25日、角川学芸出版、1600円。

posted by 松村正直 at 00:20| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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