2012年04月06日

あさ子夫人

土屋文明は昭和38年に「土佐中村」と題する5首を詠んでいる。
その中に
あさ子夫人まめまめしき大森の君が家に何か翻訳を届けしことありき
                     『続青南集』

という一首がある。この一連の最初に「中村と聞けば東声歌碑のこと思へどバスの停車みじかし」という歌があるので、ここに出てくる「君」とは橋田東声を指すのだろう。土佐中村は東声の故郷のすぐ近くであり、東声のことを偲んでいるのである。

そうなると「あさ子夫人」とは東声の最初の妻、北見志保子を指していることがわかる。北見志保子は本名「朝野(あさの)」であり、「あさ子」と名乗ることが多かった。大正2年に東声と結婚し、大正5年に大森に転居、大正12年に離婚している。

橋田東声は昭和5年に45歳で、北見志保子も昭和30年に70歳で亡くなっているので、文明がこの歌を詠んだ時、既に二人はこの世にはいない。

「あさ子夫人まめまめしき」には甲斐甲斐しく働く妻の姿が描かれているが、後に北見志保子が橋田東声の元を去ったことを知っていて読むと、ここに何かしら皮肉がこめられているようにも感じる。

文明の歌は単純なようでいて、なかなか一筋縄ではいかない。

posted by 松村正直 at 00:20| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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