2012年03月19日

俳句と短歌

俳句を詞書にして歌を作るというのは、短歌の世界ではしばしば行われていることである。
  おそるべき君等の乳房夏来(きた)る 三鬼
おそるべき夏の乳房にたどりつき寒夜のPCうごき澱みぬ
                 大塚寅彦『夢何有郷』

西東三鬼の有名な句を踏まえて、大塚の描いているのはアダルトサイトの画像や動画のことだろう。三鬼の句の明るく健康的なエロティシズムから、やや後ろめたい淫靡な世界への転換が面白い。明るい光を浴びる外の世界から、暗い部屋の中の世界へ。
おそるべき乳房の夏をやりすごす手だてもあらず朝の階段
                 真中朋久『エウラキロン』

直接、元の句を引かないという作り方もある。この場合、ある程度有名な句である必要があるだろう。この歌は、いったん三句目で「やりすごす」と言っておいて、「手だてもあらず」と続けていく呼吸が絶妙だ。確かに、なかなかやり過ごせないよなあ、などと感心する。
  〈おそろしききみらの乳房夏来る〉
夏来ればかならずおもふ三鬼の句噴泉の尖(さき)にとどまるくれなゐの玉
                 小池光『日々の思い出』

三鬼のこの句に思い入れを持つ男性は多いようで、いくつもの短歌が作られている。小池光のこの歌もそうだ。ただし、よく見ると、引用句が違っている。「おそるべき」のはずが「おそろしき」となっている。これは、単純な引用ミスなのだろうか。何だか、作者の無意識の心理が表れてしまったようで、面白いと思う。

    一月の川一月の谷の中 飯田龍太
  「一月の川」「聖パウロ」「良い空気」よふけの地図を指にたどれば

posted by 松村正直 at 22:47| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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